大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和51年(行ウ)17号 判決 1977年12月23日

原告 誠和建設株式会社

被告 千葉県知事

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(申立)

一  原告

(請求の趣旨)

1  被告が原告に対し、昭和五一年一〇月二六日付千葉県達第一〇八五号の四を以つて昭和五一年一一月五日から昭和五二年二月四日まで原告の業務の全部停止を命じた行政処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二 被告

(本案前の申立)

主文と同旨。

(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(主張)

一  原告

(請求原因)

1  原告は、千葉県知事の免許を受けて、土地建物の売買、仲介、建築設計監理及び施行等の業務を目的とする会社である。

2  被告は原告に対し、原告に宅地建物取引業法(以下法という)六五条二項、一号、五号に各該当する事由があることを理由として、同条に基づき、昭和五一年一〇月二六日付千葉県達一〇八五号の四を以つて、昭和五一年一一月五日から昭和五二年二月四日まで原告の業務全部の停止を命ずる旨の行政処分(以下本件処分という)をなした。

3  しかしながら、本件処分には、原告に対し法六九条二項所定の聴聞の機会を実質的に保障しなかつたこと、及び処分原因に該当する事実が、明確にされていないため、理由に不備がある等の手続上の瑕疵があると共に、前条各号に該当しない事由をその処分理由とした瑕疵がある。また仮りにしからざるとしても、本件処分は、被告の有する処分裁量権を著しく乱用した苛酷な処分であつて違法なものである。

4  そして本件処分における業務停止期間経過後である現在も、次に述べるとおり原告は、現に本件処分の取消を求める法律上の利益を有している。即ち、

(一)  右期間の経過によつても本件行政処分自体は消滅しないのであるから、同処分は、原告が将来受ける可能性のある制裁的処分の加重原因となり、また、法三条所定の免許の更新に際して原告が不利益に取扱われる原因となるおそれがある。

(二)  本件処分は制裁的なものであるから、同処分が県報並びに新聞等によつて広く報道されたことにより、原告は、業務上の信用名誉等の人格的利益につき多大の損害を被つた。しかも右人格的利益の侵害状態は、業務停止期間中に限られず、右期間経過後も現に残存している。従つて右損害の回復を図るためには、本件処分の取消しを求める必要がある。

(認否)

被告の主張事実はすべて否認する。

二 被告

(認否)

原告主張事実のうち1、2記載の事実は認めるがその余の事実は否認する。

(本案前の主張)

1  本件処分の効果は、業務停止期間中原告に対しその業務の全部停止を命ずるに止まり、それ以上の効果をもつものではないので、右期間経過後である現時点においては、原告は同処分の取消を求める法律上の利益はない。

即ち、原告が本件処分を受けたことによつて、原告は、将来受ける可能性のある制裁的処分においてこれを加重されたり、また他に不利益に取扱われる旨の実体法上の規定はないし、また原告には、本件処分が取消されなければ、回復できないような経済上の損害も存しない。

2  なお原告の法三条に基づく営業免許は、本件処分による業務停止期間中である昭和五一年一二月六日既に更新されているので、右の点からいつでも、本件行政処分の取消しを求める訴えの利益はない。

(抗弁)

1  本件処分の理由となつた事実は、次のものである。

(一)  原告は、昭和五〇年七月一〇日、訴外郡司善四郎に対し、松戸市二〇世紀ケ丘一〇七街区所在の建売り住宅を販売したが、同建物の建築に際し、建築確認を怠る等の建築基準法違反行為を為したばかりでなく、右郡司に対する所有権移転登記手続義務を遷延する等の宅建業者として不当な営業をなした。

(二)  また原告は、松戸市二〇世紀ケ丘土地区画整理区内第九、第二七、第八四街区および同市根本大字大道下各所在において販売した建売り住宅一〇棟に関し、建築確認懈怠、接道義務違反等の建築基準法違反の行為を為し、しかも右違反行為を理由とする松戸市長の工事停止命令ないし違法行為の是正指導を受けたにもかかわらず、これを無視して工事を続行し、或いは是正措置を行わないまま、買主に引渡し入居させた。

(三)  右各建築基準法違反事実に加え、原告は、昭和五〇年四月一日から昭和五一年七月三一日までの間において、無届で建物建築に着工するなど、その営業に関して不当な行為を為し、その件数たるや合計一三件にのぼるものである。

2  以上の事実は、法六五条二項一号、五号に各該当するので、被告は、これを理由として本件処分を為したものであつて、同処分は、右違反行為が短期間に反覆され、その是正措置も速やかになされなかつた等の事情に照らし、何ら苛酷な処分ではない。

3  被告は原告に対し、処分の理由並びに期日及び場所を事前に通知のうえ、聴聞の機会を与え、手続上においても適法にその処分理由を明示して本件処分を為したものであつて、何ら違法な点はない。

(証拠)<省略>

理由

一  原告は、土地建物の売買、建築設計監理等の業務を目的とする会社であるところ、被告が原告に対し、昭和五一年一一月五日から昭和五二年二月四日まで原告の業務の全部停止を命ずる旨の本件行政処分をなしたことは、当事者間に争いがない。

そこでまず既に右業務停止期間経過後である本件口頭弁論終結時(昭和五二年一一月七日)においても、なお原告において、本件処分の取消しを求めるにつき、法律上の利益を有するか否かについて考える。

およそ行政処分の取消しの訴えは、当該処分の効果が期間の経過其他の理由により消滅した後においても、なお法律上の利益を有する者にかぎり、これを提起することができるとされているが(行政事件訴訟法九条括孤書参照)、右法律上の利益を有する者とは、一般に、期間の経過等によつて処分自体の効力は失われても、その処分の取消し判決を得なければ回復できないような法律上の不利益が残存する者、換言すれば、処分の効果としての直接かつ確定的な不利益が、その処分の効力消滅後も何らかの具体的な法律関係について、現に残存しているために、同処分の取消しによらなければその回復を図ることができない状態にある者をいうと解される。

ところで、原告は、(一)本件処分は、将来、原告が受ける可能性のある同種の制裁的処分の加重原因となり、また(二)本件処分により原告の名誉、信用等の人格的利益の侵害が現に残存しているので右各不利益の回復を図るため本件処分の取消しを求める必要がある旨主張しているが、(一)宅地建物取引業法中には、本件処分をその法定の加重要件とする法条はないのであるから、本件処分は原告が将来受ける可能性のある処分において、情状として事実上考慮される虞れがあるというに止まりなんら具体的現実的な不利益ということはできない。(将来、受けた処分を争う訴訟において情状事実の存否は争いうると解すべきである。また原告の営業免許は、前記業務停止期間中に既に更新されたことは弁論の全趣旨より明らかである。)また、(二)原告が主張する人格的利益の侵害も処分の効力の消滅した現在においては、これに対応して当然に存在しなくなつていることが明らかであると共に、過去において既に発生した侵害についても、まず処分の取消し判決を得てその処分の公定力を失わしめなければ、回復できない関係に立つものではない。むしろ、このような侵害の回復は、国家賠償法上の損害賠償請求訴訟により直截的にその救済を求めることができ、かつこれを以つて足りると解するのが相当である。のみならず、かかる人格的利益の侵害は多かれ少なかれすべての不利益処分に必然的に伴うものであるから、行政事件訴訟法九条括孤内において法が特に指摘した「法律上の利益」を根拠づけるに足りる不利益とまではいえないのである。

かようにして原告指摘にかかる意味においては、本件訴えの利益は、これを肯定することはできないし、また一件記録上他に本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益があることを窺わしめるに足るものもない。

二  以上によれば、原告は本訴請求につき訴えの利益を欠くので本件訴えは不適法である。よつて本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小木曾競 鈴木経夫 廣田民生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例